無職仙人の話

著者: 無職仙人

第6話: 第六話 「小学生、“仕事ってなに?”と聞く」

ある雨上がりの午後。

喫茶店「月見堂」の扉が、いつもより勢いよく開いた。

チリン――ではなく、ガランッ。

「こんにちは!!」

現れたのは、ランドセルを背負った少年だった。 びしょ濡れのスニーカー、額に汗。だが目はまっすぐで、まるで何か重大な任務を帯びているようだった。

ナツメは目を丸くする。

「いらっしゃい……って、ひとり?お母さんは?」

「いません。ぼく、聞きたいことがあって来ました」

カウンター席に座ると、少年は言った。

「“仕事”って、なんですか?」

店内が、すっと静かになる。


■ 大人はなぜ、つらそうなのか

「お父さんもお母さんも、いつも疲れてます。 “仕事だから仕方ない”って言います。 でも、そんなにイヤなら、やめればいいのにって思うんです」

真剣な顔だった。

ナツメは、すぐには答えられなかった。

そこへ、店の奥に設置された小さなスクリーンが光る。

「ふはははは、呼ばれた気がしたでござる」

画面の向こうに、旅先から中継中のサトルが映った。

「無職仙人、緊急帰還でござる」

「なんで毎回タイミングいいのよ……」


■ サトルの答え

サトルは腕を組み、少しだけ真面目な顔をした。

「少年よ。仕事とはな、“誰かの困った”を、減らすことかもしれぬ」

「困った?」

「お腹が空いた、を減らす人。 寒い、を減らす人。 わからない、を減らす人。 さみしい、を減らす人。 それを続ける行為を、たぶん“仕事”と呼ぶでござる」

少年は考え込む。

「じゃあ、ゲーム作る人は?」

「退屈を減らしている」

「お医者さんは?」

「不安を減らしている」

「じゃあ……パパは、会社でパソコンしてるだけです」

サトルは少し笑った。

「きっと、“見えない困った”を減らしているでござるよ。 ただな――」

そこで一拍置く。

「“自分の困った”を増やしすぎては、本末転倒でござる」


■ ナツメの告白

ナツメが口を開いた。

「私ね、前は会社員だったの。毎日忙しくて、“困った”を減らしてる実感もあった。でも、自分の笑顔が減っていった」

少年はまっすぐ見つめる。

「だから、ここを作ったんですか?」

「うん。“つらい”をちょっと減らせる場所を」

「じゃあ、このお店も仕事なんですね」

ナツメは少し驚き、そしてゆっくりうなずいた。


■ 少年の宣言

少年は、ぐっと拳を握った。

「ぼく、大人になったら、“つらそうな顔”を減らす仕事がしたいです」

サトルがニヤリとする。

「それは壮大でござるな。ではまず、宿題を減らす作戦から始めるでござるか?」

「それはムリです!」

店内に笑いが広がる。

帰り際、少年は振り向いた。

「ぼく、“仕事”がちょっとだけわかった気がします。 でも、“つらくなるまでやる”のはイヤです」

サトルは静かにうなずいた。

「それを忘れなければ、きっと大丈夫でござる」


■ 雨上がりの空

少年が帰ったあと。

ナツメは窓の外を見た。 雲の切れ間から、淡い光が差している。

「……サトル」

「なんでござる?」

「あなた、ほんとは“はたらきたくない”んじゃなくて、“つらくなるまで働きたくない”だけなんじゃない?」

画面の向こうで、サトルは少し黙った。

そして、いつもの調子で笑った。

「はたらきたくないでござる~!」

けれどその声は、どこかやわらかかった。

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