著者: 無職仙人
第7話: 第七話 「月見堂、テレビ取材で“放送事故”」
その日、喫茶店「月見堂」の前には、見慣れない機材が並んでいた。
カメラ。 照明。 そして、腕章をつけたディレクター。
ナツメはカウンターの奥で、深くため息をついた。
「……なんでこうなったの」
原因は、あのイベントだった。 「働きたくない人のための就活トーク会」。
SNSで拡散され、ネットニュースに載り、ついにテレビ局まで来てしまったのだ。
店の外には、小さな人だかりまでできている。
「すみませーん、こちらが“月見堂”さんですね?」
入ってきたのは、爽やかなスーツ姿の女性リポーターだった。
「今日は“話題の喫茶店”として取材させていただきます!」
ナツメはぎこちなく笑う。
「ええ、まあ……ただの喫茶店なんですけどね」
(ただし、無職仙人付き)
■ 問題は“あの人”
ディレクターが小声で聞いた。
「ちなみに、例の“無職仙人”って今日は?」
ナツメのこめかみがピクッと動く。
「……リモートで来るって言ってました」
その瞬間、店の奥のモニターが光った。
「やあ皆々様、旅先から中継でござる!」
現れたのは、サトル。
背景は海。 なぜかサングラス。 しかも寝転がっている。
ナツメは頭を抱えた。
「なんでリゾートなのよ!!」
■ 収録開始
カメラが回る。
「いまSNSで話題の“働きたくない人が集まる喫茶店”。 今日はその秘密を探ります!」
リポーターが店内を歩く。
「こちらでは、“働きたくない”という気持ちを否定しない場所だそうですね」
ナツメは答える。
「ええ。“働かないこと”を勧めてるわけじゃなくて、“疲れた人が立ち止まれる場所”を作りたくて」
「なるほど!」
順調だった。
……ここまでは。
■ 無職仙人のコメント
リポーターがモニターを指す。
「こちらが話題の“無職仙人”サトルさん!」
「どうも、はたらきたくないでござる~!」
ディレクターが満足そうにうなずく。 視聴率が取れそうな瞬間だ。
リポーターが質問する。
「サトルさんは、“働かない生き方”を提案しているんですか?」
サトルは少し黙った。
店の空気が変わる。
そして、ゆっくり言った。
「いいえ」
カメラマンが顔を上げる。
「わたしは、“働かない”をすすめているわけではないでござる」
静まり返る店内。
「ただ――」
サトルはまっすぐカメラを見た。
「“壊れるまで働くのが普通”という社会は、ちょっとおかしいと思うでござる」
スタッフが一瞬固まる。
「人間は機械ではない。 疲れるし、迷うし、休みたくなる。 でも“弱い”と言われるのが怖くて、みんな無理をしている」
店の常連たちが静かに聞いていた。
ユカも、カウンターの端でうなずいている。
サトルは続けた。
「この店は、“逃げ場所”ではないでござる。 “自分を取り戻す場所”でござる」
■ 放送事故
ディレクターが小声で言う。
「……これ、テレビで流せるかな」
すると、カメラマンがぽつりとつぶやいた。
「いや……流したほうがいいかもしれない」
リポーターは、静かにマイクを下ろした。
「実は私も……三ヶ月前、過労で倒れたんです」
店内がざわつく。
「それでも、“仕事だから”って復帰しました。 でも、いまの話を聞いて……」
彼女は笑った。
「ちょっと、休んでもいいのかもしれませんね」
■ 放送のあと
数日後。
番組が放送された。
予想外の反響だった。
SNSでは、
「この喫茶店、必要だと思う」 「サトルの言葉、刺さった」 「逃げる場所じゃなくて、戻る場所」
そして、テレビのテロップはこう締めくくられていた。
「“働きたくない”と言える社会は、もしかしたら優しい社会なのかもしれません」
■ その夜
月見堂のカウンター。
ナツメが言った。
「……あんた、また店を大きくしたわね」
モニターの向こうで、サトルは笑う。
「いやいや、わたしはただ叫んでいるだけでござる」
そしていつもの一言。
「はたらきたくないでござる~!」
しかしその声には、以前より少しだけ――
“誰かを救ってしまった責任”が混じっていた。