著者: 無職仙人
第3話: 第三話:ナツメ、爆発寸前
喫茶店「月見堂」は今日も穏やかだった――いや、表面上は。
「はたらきたくないでござる~~!!」
天井に向かって叫ぶサトルの声を聞いて、店主のナツメはついに、スプーンをテーブルに“カチン”と叩きつけた。
「ちょっと待てサトル。お前、毎日来て、好き勝手しゃべって、コーヒー一杯で五時間居座ってるよな?」
「うむ、そうでござるなあ」
「そしてそれを真に受けたお客が次々に“働かなくていいかも”とか言い出して、なんか最近、店の空気が“社会に背を向けたサロン”みたいになってるけど?」
「風流でござるな~」
「よくないよ!!」
ナツメは爆発寸前だった。
もともと彼は、サラリーマンを辞めて「人の心が休まる場所を作りたい」と、この喫茶店を始めた。しかし現実は、来る客の半分が「労働からの逃避者」になってきている。
「私はね、みんなが元気になって、またそれぞれの現場に戻っていける、そんな“中継地点”を作りたかったのよ!なのにお前はそのまま“終着駅”を作ろうとしてる!」
「なるほど……ではナツメ殿、ひとつ質問でござる」
「なによ」
「“元気になった人”が、もし『働く』以外の道を選んだら、それは“間違い”でござるか?」
ナツメは口をつぐんだ。
サトルは、テーブルの上の砂糖壺をゆっくり回しながら言った。
「わたしがここでダラダラしているように見えて、実は毎日誰かの心を揺らしてるかもしれない。ユカ殿のように、また歩き出す人もいるし、“歩き出さない自由”を再確認する人もいる」
「……ただの言い訳でしょ」
「いや、言い訳にしては、ちょっと詩的だったでござろう?」
ナツメは噴き出した。
「……あーもう、なんなのよアンタ、憎めないわね」
そこへタイミングよく、ユカが店にやって来た。
「こんにちはー。今日は“残業断ち記念日”です!」
「それは何よりでござる!」
「それと、ちょっとだけ報告が。私……この店のこと、上司に話したら『一回行ってみたい』って言ってて……」
ナツメの目が丸くなる。
「えっ、上司? あの、“残業は根性”派の?」
「そう。でも最近、ちょっと変わってきてるんです。“働き方”を考えるようになったって」
サトルがにやりと笑った。
「ナツメ殿。“終着駅”どころか、“分岐駅”になってるでござるよ」
ナツメはカウンターの中で、照れくさそうに背を向けて言った。
「まったく……しょうがないわね。次のコーヒーはサービスよ」
サトルは天井を見上げ、手を広げた。
「世界は、ゆるやかに変わっていくでござる~」
そして今日も「月見堂」には、働く人、働かない人、迷っている人、疲れている人…… それぞれの時間を過ごす人々が集まっていた。