著者: 無職仙人
第8話: 第八話 「月見堂、炎上する」
それは、突然だった。
■ 違和感のはじまり
朝、ナツメが店を開けると、スマホの通知が鳴り止まなかった。
「……なにこれ」
画面には、見慣れない言葉が並んでいる。
「月見堂、無責任すぎる」 「働かないことを正当化する店」 「社会をなめてる」
ユカからもメッセージが届いていた。
「ナツメさん、今SNS見てください。やばいです」
ナツメの胸が、ざわつく。
■ 火種
発端は、あのテレビ放送だった。
切り取られたのは、サトルのあの一言。
「壊れるまで働く社会はおかしい」
しかし、編集によって文脈は削られていた。
代わりに強調されたのは、
- 「働きたくない」
- 「無職仙人」
- 「ゆるく生きる」
結果、番組の一部はこう受け取られた。
「努力しないことを肯定する店」
■ 店の前
昼になると、店の前に人が増えた。
客ではない。
スマホを向ける人、ひそひそと話す人。 そして――
「ここが“働かなくていい”って言ってる店?」
明らかに、敵意の混じった声。
ナツメは、カウンターの中で歯を食いしばる。
(違う……そうじゃない)
■ ユカの葛藤
その頃、ユカの職場でも話題になっていた。
「例の喫茶店、ヤバくない?」 「社会人としてどうなのって感じだよね」
誰かの言葉が刺さる。
ユカは、言い返せなかった。
(私は……あそこで救われたのに)
けれど、“正しい側”の空気は強かった。
スマホを握る手が、震える。
■ サトルの沈黙
夜。
ナツメは、モニターを見つめていた。
「……出なさいよ、サトル」
しかし、画面は暗いままだ。
既読もつかない。
初めてだった。 あの男が、何も言わないのは。
■ 書き込み
深夜、ひとつの投稿が拡散され始めた。
「“月見堂”に通ってた者です。 正直、あの場所に甘えていたと思う。 現実から逃げる言い訳にしていた人も、きっといる」
さらに追い打ちのように。
「ああいう場所は、人をダメにする」
ナツメは、その画面を閉じた。
「……違う」
小さく、しかしはっきりと呟く。
「違うのよ」
■ 空っぽの店
翌日。
月見堂には、ほとんど客が来なかった。
いつも座っていた席が、空いている。
笑い声もない。
ただ、コーヒーの香りだけが漂っていた。
ナツメは、カップを磨きながら思う。
(私は……間違ってたの?)
■ ユカの選択
夕方。
扉が鳴る。
チリン。
入ってきたのは、ユカだった。
「……来ちゃいました」
ナツメは、少しだけ笑う。
「来なくてもよかったのに。いま、ここ“炎上中”よ?」
ユカは首を振る。
「それでも来たかったんです」
少し沈黙。
そして、はっきりと言った。
「私、あの場所で“逃げた”んじゃないです。 “戻る力”をもらったんです」
ナツメの手が止まる。
「……でも、うまく説明できない。 だから、悔しいんです」
■ そして、再び
そのとき。
店のモニターが、静かに光った。
ノイズ混じりの映像。
「……やれやれ、少し目を離したら大騒ぎでござるな」
サトルだった。
しかし、その顔はいつもと違った。
笑っていない。
「ナツメ殿、ユカ殿」
「……遅いわよ」
ナツメの声は、少し震えていた。
サトルはゆっくり言う。
「これは、避けられなかったことでござる」
「は?」
「“働きたくない”という言葉は、強すぎる。 人を救うが、同時に人を怒らせる」
店の空気が張りつめる。
「だからこそ――」
サトルは、まっすぐ前を見る。
「逃げずに、ちゃんと説明する時が来たでござる」
■ 次の一手
ナツメが聞く。
「……どうするの?」
サトルは、少しだけ笑った。
「簡単でござるよ」
一拍。
「“はたらきたくない”の、本当の意味を話すでござる」
静かな店内に、決意だけが残った。
炎上は、まだ終わっていない。
むしろ、ここからが本番だった。