無職仙人の話

著者: 無職仙人

第1話: はたらきたくないでござる~!

「はたらきたくないでござる~!」

それは、町の片隅にある古びた喫茶店「月見堂」の開店と同時に、店内に響きわたった雄叫びだった。声の主は、椅子にだらしなく腰かけ、頭にバンダナ、手には漫画雑誌を握りしめた青年・サトルだ。

「また言ってるよ、あの人……」 奥のカウンターでコーヒーを淹れていたマスターのナツメが苦笑する。

サトルは、地元ではちょっと有名な“無職仙人”である。大学を出て以来、一度も定職に就いたことがない。面接も行かない。けれど、なぜかいつも財布にはギリギリのコインが入っていて、コーヒー代くらいは払える。不思議な男だ。

「ナツメさーん。今日もコーヒー一杯で三時間ねばっていい?」

「……せめて一杯半頼んでよ」

「心の余裕が一杯分しかないんでござる」

ナツメがあきれたようにため息をついたとき、店の扉がチリンと鳴った。

入ってきたのは、スーツ姿の女性。肩には疲れが見える。見るからに、働きすぎて魂が抜けかけているタイプだ。彼女は黙ってカウンターに座り、メニューも見ずに言った。

「ブレンドください。濃いめで」

サトルはちらりと彼女を見た。なにやら、ピンとくるものがあったらしい。

「ねえ、お姉さん。そんなに働いて、楽しい?」

彼女は一瞬、眉をひそめた。「知らない人にそんなこと言われたくないですね」

「うん、わかる。でも、働かないことも、それなりに大変なんだよ?」

「……は?」

「働いてると、『もうやめたい』って言えるでしょ。でもね、働いてないと、『いつから働くの?』って言われるの。どっちもツライ。だったら、せめて笑って生きようよ。昼間っからコーヒー飲んで、空見て、『今日も雲がもふもふでござる~』って言うだけでも、人生けっこう悪くない」

彼女は思わず、吹き出した。

「……なんなの、あなた」

「無職仙人でござる」

その日、彼女は初めて残業をやめ、夕方に空を見た。 もくもくと浮かぶ雲を見ながら、つい、口にしてしまった。

「……もふもふでござる、か」

少しだけ、心が軽くなった気がした。

そして一週間後、彼女はまた「月見堂」にやって来た。

「ブレンド、濃いめで。あと……“もふもふ”談義、今日も聞かせて」

サトルはニヤリと笑った。

「働かずとも、誰かの役には立てるんでござるなぁ~」

ナツメはコーヒーを淹れながら、小さくつぶやいた。

「……この店、だんだんカオスになってきたな」

けれどそれも、悪くなかった。

目次に戻る 次の話 →

コメント (0)

まだコメントはありません。最初のコメントを投稿してください。

コメントを投稿

コメントは管理者の承認後に公開されます。

この連載を購読する

新しい話が公開されたとき、メールでお知らせします。